
Photo by Mango乾
勉強がおもしろくない理由は、勉強の内容が身近な出来事を話題にしていないからです。
算数で足し算や引き算を習うときは、「コンビニで50円のお菓子を買いました。レジで100円を払いました。おつりはいくらでしょう。」といった風に日常の出来事と関連づけて問題を出します。
しかし勉強が進むに連れて「100-50=?, 40+10=?」のように数字と記号だけが並んだ問題が多くなり、身近な出来事とは関係なしに問題が出るようになります。
この”現実離れ”が勉強をつまらなくしている理由だと思います。
英語の勉強も「日本に住んでるから関係ない」と言って英語を嫌う生徒がいます。「社会人になったら英語が必要な場面がでてくるから、今のうちに勉強するんだよ」なんて言っても、「社会人になるまでに死んじゃったらどうするの?今の人生を楽しむ時間を英語の勉強で無駄にするの?」とかいう屁理屈をつけられるでしょう。
歴史を学ぶにしても、「今は携帯電話ってあるけれど、お父さんやお母さんが子どもの時代に携帯電話なんてありませんでした。」という具合に今の時代を題材として過去につなげていけば割と昔の事にも興味をもちます。
勉強が嫌いなのは勉強の内容に現実感がないからです。自分の身の回りと関連づけられないのです。勉強がおもしろくない理由は、自分とどんな関係があるのか見出せないからです。
では、おもしろくない勉強をどうやっておもしろくさせるのか?
それはこのブログを読んでいる人それぞれに考えて欲しいのですが、僕の考えは、子どもにしろ大人ににしろ「なんで?」と疑問がわくことが好奇心の現れなので、この「なんで?」という感覚を引き出してやるのが勉強をおもしろくする、おもしろくしてあげるためのツボだと思います。
ある日、子どもにテレビを見せないようにするために電源ケーブルを抜いてやったんです。
すると子どもは「なんでテレビが見れないの?」と問いかけるから「そこのコンセントが抜けてるから」と言ってやると、自分でケーブルを壁のコンセントにいれようとしたんですよ。実際うまくいってテレビが見れるようになったんです。
こんな風に、子どもの日常が僕の引き起こした非日常とつながって、テレビを見るには電気が必要なんだということを学ぶのです。
この例は、学ぶ事をおもしろくしたわけじゃないですけど、子どもの関心を引き出すことに成功しているのです。


